6/29 問い合わせの増加と私
(読みづらくした)
最近になって、仕事の問い合わせが増えるようになった。
理由としては、これまでと同じことをしたくない(他のとことは違うものを作って欲しい)、
若い人の感性でお願いしたい、動画でブランドイメージを作って欲しい、そんなとこだったりする。
俺に頼むなんて、最近になって世の流れが変わってきているんだろう。
世の中に溢れている動画に飽きてきたのはある。まぁ、流行なのかもな。
ただまぁ、そこらへんの流れは数年前と違う。
数年前は、俺の行動も思想も延べて価値がないとされていた(俺はそう思ってる)。
俺のそれは暴走や馬鹿と形容できるが抽象度を上げれば「個性」と呼ばれるものだと思う。
そういうものは、過激であればあるほど不必要とされ、白けた理論(パッケージとか見栄とか)が重宝されていた。まぁ男は見栄を張るのに時間を潰す生き物だから、分からないでもない。
女性はもっと違うところがある。
要は稚拙でも似たようなものを作るよりは人と違くても個性的な方が良いという人が増えているのだ。また、広告代理店に頼むと高くつく上に個性的になりにくいこともどうやら浸透してきているようだ。
だからまぁ俺に頼むのは、
白けた理論より訳の分からなさを求めるというものにあるのだろう。
それはごもっともだと思う。
俺だってこの文章すら訳がわからず書いている。一生も訳がわからん。わざわざ自分の思いを今時の言葉に変換して他人に伝えそれを本質だと思い込むほど自分を上手に割り切れない。ただ、割り切れる人は酒の味を知らないんだろうな思う。
広告代理店は仕事を裁くことが基本であるから、それ以外の業務は覚えないというイメージがある。ブレーンとかで取り上げられる人は、月刊誌だから取り上げられた人もいるだろうし、本当に高い企画力を持つ人もいるにいるのだろう。高くついたとしても面倒な業務を投げたい人やブランド価値が欲しい人にとっては最善策になり得るのだろう。
別件であるが、最近同業やフリーランスの人と話していて共通しているのは、
「(自分が)好き勝手やるとうまくいく」という類のもの。それは決して自己満足に留まらず、コンペで受賞していたりする。
こういう実例は世間にはごまんとあると思うが、「人を探す」のは多くの人にとって日々の業務ではないのだろう。新聞記者やメディアの多くが「自分が取り上げた事件」よりも業務を重視していると経験的に思うので、より一層感じる。
そう思うと業務はできて当たり前、
+αがなければ新しい価値を生み出しているとは言えないという結論は出る。
おそらくこの+αこそ「自分らしさ」「個性」と呼ばれるものの領域だし嗅覚の出番だと思う。それは模索に代表される充分な時間をかけた錬磨が必要だと思うが。…。
以上。