BANKARAは一日にしてならず

千葉仁の日記と569

8/18 旅の終わり、妄想の始まり

2時には目が覚めて、一週間分の発汗量をシーツに気持ち悪くなり、インスタントコーヒーを口に含んだ。

 

こんな時間に起きてしまったら、何をすればいいのか、数分迷った挙句、心の調子を整えるために早く起きたのだと思い、一時間ほど心の休息を取ることにした。

 

敷地内のクラブハウスのなかで、コーヒーを飲みながらぐるぐると回る。楽しい。昔のことを思い出し、適度に不健全な妄想を嗜む。

 

作品のことを思うまいと決めていたが、気づけば作品への情熱を感じていた。ものづくりは、情熱だ。改めて気づく。理想に対する謙虚さが今の自分にはあるだろうか。考えてみても分からないということは、まだまだなのだ。だから考えるのをやめにし、健全な妄想へと切り替える。

 

芸能界に対してのミーハーな自分は決して嫌いではない。田舎育ちでお笑い番組が好きだったから仕方がない。

 

妄想が現実のレールから大きく踏みはずしたところで、遂に時間が来た。

 

4時半。空港へと向かう時間だ。

 

あくせく生きないためには、終わりの時間を一人で過ごすことが大事なのかもしれない。

 

飛行機は、07時に飛ぶ。その頃には夜が明け、陽が迎えてくれるだろう。

 

空では何を想うのか?

空想は、人生の醍醐味の下ごしらえだ。ここを怠れば不味いものをみんなで味合うことになる。

 

 

陽に肌は爛れ、大粒の雨は緊張と好奇心を掻き立てられたこの一週間の旅も、ようやく今終わりを迎えた。

8/17 共感覚と酒

打ち上げは、色んな感情が錯綜し、心地よかった。日本に帰ってからも、今回感じた手応えをもっともっと激しく生かしていければいいと確信している。

 

戦略を練るにも、挑戦することを大事にし、現状に固執せず、理想主義者としてあるべき行動を取りたい。

 

そして、生涯映画を作り続けたい身として、同じ志でともに老いていく人らと盃を交わしたい、美酒を飲みたい。

 

桃源郷に対する感覚は、徐々に研ぎ澄まされている。あとは、共感覚だ。

8/17 撮影最終日

マッサージを受けた後、身体が火照ったり怠くなるのは好転反応と呼ぶらしく、身体の奥底の老廃物が出ていってる健全な証拠だと思う。

 

身体の毒素を十分でないが落とし、また明日のオーディションに向けての臨戦態勢へと望む。完全な切り替えは不可能かもしれないが、出来る限りフェアになるよう(自分自身が惑わないよう)何かしらの基準を簡潔に設けたい。

 

帰国してからは、大きくて意義のある仕事ができるよう、動いていきたい。

 

 

8/16 ユーモアと仕事

撮影がひと段落ついた。最終日は終始日差しに打たれて汗をだくだくかいたが、老廃物も大量に出ただろう。帰国後の体重計が楽しみだ。

 

日本に帰った日には早速オーディションがある。見ず知らずの相手は可能性でしかない。楽しみだ。21日にはAbemaの収録、22,23日には再びオーディション。この窮屈さを解消するには移動手段の便を向上する。

 

帰ってからも仕事が待っている。仕事は次々に欲しい、このどうしようもない現状を打破するのに仕事以外はありえない。

 

また、進めたい案件もある。どの程度のものになるかわからないが、国と国を繋ぐ面白さは他に変えられない面白さがある。県外への輸出も少なければ尚更だ。

 

人と人、国と国を繋ぎ、相互の発展の一助を担う。新しい映画の見方は新鮮で、腑に落ちる。あまり険しい表情で考えることはない。

 

刺激は明日への励みになる。勇気になる。

 

今回フィリピンで学んだ、ユーモア。もっと強く持ちたい。

 

8/15 ハングリー万歳

仕事の直前、15分の仮眠を取る。起きた時、肉体にずっしりと疲労が溜まってるのを感じ、一瞬寝たことを後悔する。無理をすれば疲れを感じずに済んだのかもしれない。しかし、それでは身体の正直な感想を聞き逃すことになる。だから、これでいいのだ、これで適切な処置を自分に施せる、働き過ぎない、予定より少し早く終わらせる、食事のビールを楽しもうと、自分に言い聞かす。

 

仕事が終わり、待ちに待った夕飯。野菜と肉と、日清の拉麺を煮込んだ鍋だ。米に目をくれず、食う食うただ食らう。食いながら、野望を夢見る。デッドラインの遥か向こう側の橋を望む。濁流の川を渡り、橋を、沈まぬ石橋に夢を馳せる。

 

ハングリー万歳、空かせた腹を埋めるものなんて生まれた頃から知ってる。

8/15 ギスギスした世の中とマスコミ受けの良い政治家

酒に酔っ払って死んでしまうくらい馬鹿馬鹿しい生き方でいいなと思う。ビューティフル?好きだけど柄じゃない。

 

なんで、映画やゲーム、漫画、アニメが好きなのかと言えば、「楽しんで欲しい」という想いが、熱量が凄まじいから。自分も客も楽しませようとする態度は、世間に反する時もあるよね。

 

怒られないように育てられた人たちに、保身以上の行動をする時は来るのだろうか。

 

日本人は、政治に興味はないかもしれないが、小泉進次郎には興味がある。そして先日の結婚の話以来、小泉進次郎には政治家の素質がないという話も出てきた。

 

彼は人に話を聞いてもらうために、努力していたらしい。その努力はテレビで特集されたこともあった。彼が努力して身につけた話術は、今の政治家の中でも別格なのだろう。

 

小泉進次郎は、マスコミや人々を楽しませてくれる。それは山本太郎も同じである。俺は生まれてないから知らないが、みんな、田中角栄金権政治も大好きだったのではないか。橋下徹石原慎太郎が好きだったのではないか。嫌いな人たちは嫌う以上の成果を、制度やグラフの視点からではなく、人々の気持ちを明るくしたのだろうか。

 

俺は、小泉進次郎を批判する評論家も、美徳を押し付ける偉い人たちも、クールジャパンを押し出すクールじゃない人たちも、面白くないという切り方では同じに見える。

 

スキャンダルとかゴシップとか、そういうのを愛してやまないのが人間だと思う。

 

一人ひとりが自制することで時代は変わるのだろうか。そもそも自制できるか?

 

笑うことは、楽しいことだ。笑ってばかりいられない、のが社会だとは思っている。でも、笑ってばかりいられない世の中が続くのも、生きている甲斐があるのかなと思う。

 

だから、それは違うだろうと人を否定して落ち込ませる世の中ではない、笑いたきゃ笑っていていいんだよ、という世の中から、社会保障、安全保障、少子化問題、経済問題など国難を乗り越えられないのかなと考えてみる。

 

 

8/14 酒と五臓六腑

五臓六腑に酒を注ぐと、次に目指すは睡眠になる。五臓六腑への酒の注ぎ口は仕事が作る。愛は満腹感を助長する。色気とか、酒でいう大吟醸なもんだ。

 

五臓六腑に酒を注げば、アルコール度数関係なしに心が開く。いや、開きすぎる。しかしそれでいい。

 

心が開くと、飯がうまい。俺は今コラーゲンを食っている、ビタミンを取り入れてるという馬鹿馬鹿しいメタ認識が飯をより美味くする。

 

今日も踏み込んだ、踏み込んだ足はゴム製の長靴を履いているから怖いものはない。超弩級の雨に打たれてもレインコートを着ているから気にならない。備えあれば憂いなし。精神論はツケがくる。

 

疲れた時には、犬のマッサージをする。眠い時はしれっと寝る。取るべきは美徳よりも飯の美味さだ。世間は安全を保障してくれるかもしれないが、飯の美味さは担保できない。

 

李白みたく、酔って月に溺れて死ぬも良し。

そうバカバカしく思え寝れるならば、救いようがなくても自分で自分を救えるだろう。