7/6 時系列の列挙
RYUTistのマネージャーさんと話してもそうだし、リプロネクストの河合さんと話してもそうだったけど、芸術を志した時期は同時並行してやりまくったことが多く、話がぐちゃぐちゃするので勝手に頭の中で時系列を編集して今の自分を紹介するモードになる。
でもまあ、正直に時系列を列挙してみたら、
製作会社からのプロデューサーさんから「お前一貫性ないな」と言われた。その通りだ。
でも他の人から見た一貫性なんてなくていいんだなとその時思った。
ある学生の行動も一貫性ないとは思ったが、同時に「行動力がある人はそういうものだ」と感じていた。
他の人の行動は、俺の中で理解できないだけで、
この小さな脳味噌で、肩書きのみで理解しようとする姿勢なんてもう必要なく、その行動が語るものを見ればいい。わざわざ格付ける必要なぞないことで。それはただのステレオタイプ(前時代的)。
美学があるやつはうまくいくんだわ、
そうして映画の脚本のような動きはしない、
もっともっと馬鹿げたものになるし、
よく分からない。
この間会った女の子は、
シティもアーバンも感じられず、
明らかな田園気質ではあったものの、
身体言語からは落語を感じた。
もはや、カテゴリーやジャンルという
言葉にされる統一感など存在しない。
素人意見で申し訳ないが、
シン・ゴジラだってそうだろう。
村上春樹的比喩はさ、
ジャンルを飛躍する力を指すのではないかな。
要は、
肩書よりも、何がしたいか。