7/5 大胆不敵に、バンカラ革命。

なんか違う。それは量を見ないと分からないこと。しかしこの話もなんか違う。こういう話をしようと思ってない。

 

全部ニュアンスの問題だ。俺の言葉で語れればいいと思ってる。しかし語れていない。何故か。7/5に書こうと思っていた文章を、公に晒すと、誤解されそうだからだ。二度と書き直した。しかし投稿できなかった。

 

こういうことを書くと、やましいことがあるんじゃないかと誤解されそうだ。だが、書きたいことはやましいことではないが、誤解されたくないことだ。

 

7/5の俺は、大問題だ。格好悪いエピソードを格好よく書こうとすると大袈裟でバカバカしくなりしかも偉そうで、結論ダサくなる。それは嫌だ。 

人並についての自分の考えを述べようとすると、あぁ、嫌なこと書いてるなぁと思う。嫌なことをここで書くメリットがない。

 

最近日記を書き始めてそっちで本音をぶちまけてる。そしたら、ここに居場所がなくなった。デジタル世界よりも、アナログ世界の方がぶちまけられる内容が面白いと思えた。

全てはアナログ世界のためなのか?それはそうだ。その通りだ。だって俺はアナログ世界を愛してるんだし。うん、ブログを続ける理由はない。続けることを大事にしたのはいいが、終わらせることを大事にしないのは、違くないか。

 

明日はブログを書かないかもしれない。それはブログに本音を書いていないとわかってしまったから。デジタルで本音をぶちまけても、アナログ世界以上の面白さはないから。寂しさはごまかせるけれどね。

 

突然、サラバ!と言うのかもしれない。それでいいのかもしれない。 

 

全部ニュアンスの問題だ。

 

言葉で全部語れるか?そんなことはない。アイコンタクトだけで、大人はいけない関係に陥る。アイコンタクトのみで、ベッドにいく。そのくせ公では言葉の説明を求められる。いやいや、俺は政治の舞台にも町内会にいるのでもなく、ただの私人だろう。国民市民なんて、建前。私人だ。だからニュアンスが問題だ。

 

言葉にできなくても、やめるときはやめる。そそくさ去って、大胆不敵にバンカラ革命。