11/9 2021年以降の日本と、映画をすること。

bmpcc4kを導入したのでパソコンを買おうと思いネットサーフィンをしていると、自分がなんのためにパソコンを買おうとしているのかわからなくなるくらいに新しい情報が頭の中に押し寄せてくる。結局全部処理するのに一日かかったが、ここまでたどり着くのに3年かかったと思えば、22歳の時に人生を変えようとした想いが今ここで生きている。物事を濾過するには時間がかかるものだ。

 

欲しいパソコンはおおよそ40万以上はするもので、何に悩んでるかと言うと、コスト面と数年先まで使用できるかということだ。(ただ、コスト面はもう割り切った方がいい気がしてきた。)

 

数年先どうなっていたいかという計画には、

自分ビジョンだけじゃなく周囲の環境も読み取らないといけない。

 

俺の中では、2020年の東京オリンピック財政支出も増えるだろうし企業もお金を使うだろうから、2021年までは、戦後のように、お金で潤う幸福を味わえる日本で居られると思う。

2021年以降の地方は、労働者不足に喘ぐだろうし高齢者問題を解決できないだろうし新しい世代は少ないし、最後の切り札のインバウンド政策も多くの自治体が空回りして、住む人の心が荒んでいくんじゃないのかなって思う。

加えてカジノで外資系資本の影響力は高まり、外国籍の子供が増えて外国籍の人のための店も増え、言語の違いも顕著に現れそうだし、平成に生まれた問題を何一つ解決できないまま、令和が進んでいく。

 

映像の仕事をしているから分かるけど、稼ぐことと儲かることは決して同一じゃなくて、実力とは関係なく流行に則っていればお金は手に入る。だからあんまり数字なんて気にしなくていいし、数字をいじれる人を上の立場にしたってなぁ…、というのが素直な気持ち。

 

だから、売れる、売れないを考えるよりも、自分がどのような時間を過ごせたら楽しいのかを考える方が幸せだ。本当に楽しいことならば苦しくても前に進める。宗教とか理性とか哲学とか野生とか本能とか言葉でいちいち自己的な解釈しなくていいから、自分の好きなことをただすれば良くて、いずれ飽きてしまうことには手を出さないほうがずっと楽だ。

 

映画をするには東京だ。東京は人が集まっていい街だ。でも、もう東京だってお金を稼げなくなってきたし、昔のような超大作なんて夢のまた夢だ。

この時代に生まれて、自分の中に存在する善を突き詰める以上、真っ向から立ち向かう戦いになるかもしれないが、縁が生み出す映画に人生を賭けたい。

 

2021年以降は、きっと映画が求められるよ。

だから、自分がどういう人たちと一緒に過ごしたいかだけを考えると、きっと楽になれる。

 

「俺たち」は格好悪くてダサくて、優秀で勉強のできて顔のいい奴に憧れてたり性格が良いあいつを羨ましく思ったりみんなの前で輝いているあいつに嫉妬したりするけど、そういうものを心の棚に全部仕舞い込みたくなるくらい光り輝く魂を全肯定したくて生きているのだ。

 

俺はそれでいい。それが俺を動かし、次のステージが迎え入れてくれ、守りたいものを守らせてくれる。