6/25 BEFORE SUNRISE

大学一年の夏は、半々くらいの割合で故郷と新潟で過ごしていた。浪人していたから、一年先に社会人または大学生となった同級生たちに対してほんの少しだけ先を行かれている感覚があった。きっと、その頃の僕にでも社会経験の重要性はなんとなくわかっていたからだと思う。

 

地元での日々では、昔と比べて少しズレつつある同級生たちとの距離感に戸惑いを覚えていた(僕は軌道修正したかった)。

だからこそ、新潟での日々を大切にしようと思った。そこが僕の日常だったから。

 

生活の大部分は前向きだったのかもしれない。今思えばそれは僕という人間の皮相での出来事でしかなく、核となる部分ーそれは愛についての考え方ーでは、僕は故郷での暮らしを懐かしみ、胸を焦がれていたのだろう。

 

「なんのために、僕は生きているのか」と問うようになったのはきっとそのころだ。故郷での日々にあって、新生活での日々になかったもの…。それは愛なのだ。

 

だから愛を求め日々を駆けずり回っていたのだと思う。真剣な恋もしたし、眠れない夜もあった。

その頃の僕は足りないものを埋めようと必死だった。だから、結末はいつも同じ順路を辿った。同じ悲しみは、いつしか耐えられるようになった。それを大人になることだと言い聞かす図太さとずる賢さを手に入れた。一体それがなんの役に立ったと言うのだろうか。

 

向き合ったつもりでいて、考えたつもりでいても、いずれ虚しくなるのが人間の人生だとヘラヘラ言うようになったのはいつなのか。それが真実味を帯びて核にまで根差そうとしているのを止めることができないのは弱さのせいなのか。ならば強さとはなんなのか。

 

より巨大なものを想像できない人間の弱さに可笑しさを覚えながらも、桃源郷を夢見て現実を見誤った人間は、どこへ流れどこへ辿り着くのだろうか。

 

虚無と対峙し勝利を求める問いかけばかりが心を遮っていた。興奮と情熱だけが心に充実感を与えてくれると信じていた。でも、相手がいなかった。誰もぶつける相手がいなかった。それは、僕が相手のことを見ていなかったから。

 

昔からそうだった。僕が見てたのは相手ではなく、想像上の大きなものだった。偶像を相手取ることはとても幸福だった…。

 

人は人でしかなく決して神にも偶像にもならないのだと気づいた時には多くのものを失った。失えば失うほど、自分のせいにしたくはない。

 

虚しく、どうしようもない自分を知ることと向き合うことは近いようでいて、遠い。しかし向き合いたくなるのだ。

 

「愛してる」という言葉がこれからの人生の軸となるだろう。であれば、何を愛するのか?

それはまた、機会を移して語りたい…………。