2/22 ジェネラリストの競争

人生よりも大事なものがある。そして、結果的に人生は大事にされる。ならば、具体的な行動より人生論が生み出されるのは納得がいく。

 

今日、横並びの発想やイメージの増大を頭の中で行えるようになり、いかに人と違う人間になるかを、劣らず、同じにならずという意識を持つイメージを考えた。それを形成したのは、情報やバイアス、そして人間が多面性を持ちあわるという人生観によるものである。

 

何において優れるか。

優れることは、私の好みだ。

それは、他者の人生を突き動かす感動を生み出せる力を秘めているからだ。

でもまぁ、優れるというのは、客観の中ではなく主観の中での話だ。

 

ジェネラリスト同士の競争に自分が思わず参入してしまうのは、なんらかの弱さにつけ込まれているからだ。スペシャリストは、本来は並べられないもの同士を並べ、結果的に優越する比喩力を持っている。(なんとなく)

 

P.S.

弱さは逃げたりテキトーに保存したりして、しかるべきに対処。

2/20 運命を弄ぶ劇作家と傲慢

モンタージュを学んでいたら、いつのまにか仕事の編集が上手くなっていた。何したらいいか予想でき、やってみたら狙い通りの効果を得られる。仮説検証の量も増えたな。

 

しかし動画を作っていると、番組スタッフのテロップを作る能力の高さは桁違いに思えてくるな。今なら、テロップの講座を受けたいと思える。(誰か知り合いにいないか?一緒に受けてくれる人はいないか?)

 

モンタージュ最高や〜と思い今日こそヒッチコックモンタージュを習得しようと『救命艇』を観たらこれヒッチコックの中でも相当実験的で異色作やん〜って感じになり、当初の予定は叶わなかったが、ヒッチコックという映画監督は人の運命を弄ぶエンターテイナーであるという、まぁ劇作家であれば誰しもそうあるべきなはずなのだが、この人はなぜこうも群を抜いて素晴らしいのだろうと思わず唸る。

 

そうそう。最近は傲慢さが一周回って目的を成し遂げるために用いる傲慢さになりました。

傲慢さを使うときはシュレッダーみたいな破壊力を期待する。それは正しく、しかし人生はそこまでシュレッダーを使う機会がないので、普段使いには邪魔だ。。なので、傲慢を用いる機会は鼻毛カッターのような、繊細さな箇所に大胆に用いましょう。

 

さぁ、明日も早いから寝るぜ。

 

2/19 頭痛になることを全部こなしていた

夜遅くまで起き、何も食べずコーヒーを飲み、そのままオシャレな美容室に行き、コーヒーを飲み、帰ってからはジャスミンティーを飲み、足元をフローリングにつけていたら、体調が悪くなった。今日の行動何一つ、体調を悪くすることに完全に徹していた。俺は馬鹿か。馬鹿だった。

2/18 2年前の自分と、5年前の自分と

午前、打ち合わせがあった。

 

『千葉くん、映画を作ろう』と、お話をいただいた。俺は、嬉しかった。

 

そのクライアントさんとは、昨年の3月に起業説明会でお会いした。資料だけ貰って帰るつもりだったが、ふと耳に「映像」と聞こえたので、すぐさま駆けつけて自己紹介した。慌て気味で拙い説明だったが、興奮気味になっていて、そんなもの気にしていなかった。

 

返事は、半年後にあった。

 

それから、お会いするたびといっていいほど、

新しい仕事を提案してくださる。そういう方と今は巡り合っている。

 

 

 

会議後の帰り道、

何も知らずとも独立しようと奮い立ち、

才能という言葉に殺されかけていた日々の自分を、励ましていた。

 

 

午後。

 

アルフレッド・ヒッチコックの映画を鑑賞し、ただ悶絶する。あらゆる現代映画はヒッチコックから影響を受けているのでは?と思ってしまう。人を選ばない簡潔さを感じてしまうし、時代への適応力にも驚く。

 

久々に感じてしまった、

『俺はこんなに面白い映画を観たことがなかったのか』という感覚。

 

別にそれまでは大して気にかけていなかった人を、ある日突然好きになる。

 

たしか、俺の人生はそんなもんだった気がする。

 

 

だからまぁ、自分の好きなものに執着すりゃいいんだ。そんな、単純明快な一日。

2/17 想像力を刺激する面白い人生

ふとスマホをとると、パズドラをやろうとする自分がいる。ので、消した。

 

今日も今日とて、映画漬けになっていた。

ヒッチコックは常に新しい。

そして、ヒッチコックモンタージュをまだ僕は深く理解できてない。しかし、あのモンタージュを数学的理解ができたときを夢見ている。手に取るように映画を操れるようになるのではないかと。観客の想像力を刺激できるのではないかと!(それは自分さえも!)

 

そう、手を動かすことの夢とは、

思いのままに、モノを操れること。

創作意欲への限りない挑戦。

 

過去の払拭、

未来へと変化し続ける自分を楽しむのだ。

そこに昔の、もしくは昨日昨晩の思想など必要ない。まるで別人かのような清々しさで、一日を迎えたい。心から歌うように、酒を飲み交わしたい。

 

ので、映画を観る。

 

 

2/16 なるだけ働かない

働きたくないな、って改めて思った。

それは手間のかかる下請けはなるだけしたくないなということだし、時給の低い仕事はしたくないなということでもある。

 

焦るとお金に目を奪われ、時給の低い仕事でも請け負ってしまう。だから、心に余裕を持っておいた方が気が楽だ(当たり前すぎるがどうしてこんなことができないんだろう?)。

 

世の中を知らなさすぎたせいもあるし、

商売的発想を濾過しきれていなかった、

そういう二つのケースがある。

 

僕は自分を徹底すれば、

働きたくない人間になる。

なら、自分の代わりに働いてくれるものを生み出す必要があるなと、悟らないといけない。

 

ただそれも大金でなくていいんだな、という落ち着きは先月になってようやく分かったことだ。

 

僕は、複雑な要素が、例えていうならば、

①商売的発想

②持ち合わせている能力の特殊性の、「自認」

③基本的な日本語能力

④他人と自分の違いの言語化=「分別」

⑤思想・哲学

⑥流行

⑦テクノロジーに対する心得

⑧意欲ある他者との出会い

⑨思考整理

 

…この辺りがそれぞれ成長すると、

新しい閃きが生まれ、

これまでの自分に気怠さを感じ、

やる気のなさに鬱状態になり、

死にたくなり(もはや再生願望)、

その結果、他者が僕を導いてくれて、楽になる。

 

まぁ、結局は僕の代わりに何かが働いて、

事実上、お金を失くしたい、

そういう思想なんだろうと思う。

 

たぶん、こうなってしまったのも、

優しくない世界が辛いからなんだと思う。

 

飽き性であり他人と同じことができず

なんの意味も意義を感じない仕事に対して興味すら持てず、健康に気を使えない生き方に、何も安らぎを感じない。朝ドラに安らぎを見出せる人間ではないようで。

 

 

いえ、苦しみの中に喜びを感じますとも。

喜びの中に悲しみを感じますとも。

DNAレベルではとうぜん人間だし、

ほぼほぼ日本人なので、

頓珍漢な部分は人間的かつ日本人的であるので、当然アメリカンジョークは分からなかったりする。

 

ただ、いわゆる「社会人」ではないだけで。

 

社会人から見た怠慢は、

からしたら深刻な問題だ。

 

「美しく」いえば、

この「怠慢」により私は親孝行ができる。

 

「うざく」いえば、

「勇気」があるから、あまり働かない生き方を体現できている。

 

上記二つは、同じ精神から生まれた外観だ。

 

 

私は、政治も経済もあらゆることは、

利己心から生まれるべきだと思う。

増大する利己心は、いずれ反発を食らう。

その時、人は限度を知る。

限度を知らなければ、不快な自分に素直になれず、より良い行動も社会も決して生まれない。

 

だから、今日も明日も10時間寝る。